ボカロを愛しボカロには愛されない系ライターの四ヶ内(しがない)です。

言うてはなんですが、ボカロが好きなわたしでも
曲の聴きやすさは(よほどでないかぎり)肉声の方が遥かに勝っていると思います。

ボカロは滑舌が悪く、機械然としたキンキンした音質が特徴です。
慣れない人が聞けば『歌』には聞こえず、
むしろボカロの声を不快に感じる方もいるかもしれません。

しかしわたしは、それでも人声よりボカロの方が好きだなぁと思うことが多々あります。
 


目次
楽器として聞いている
感情が籠もっていないから聴きやすい
VOCALOIDは最高に『純粋な』歌

ミクさん_apou_anz_201701220913
(Illust by Alt http://piapro.jp/t/8Im2)

楽器として聞いている

そもそもが、「切ない歌が聴きたい」「ポップなやつが聴きたい」という思いとは別に、
「ボカロを聴きたい」という思いを常に抱いています。

でもボカロの中にも、ジャズとかテクノポップとか種類はありまして、
オケ調からバンド系、合唱曲まで様々。
ボカロそのものはよく考えたらジャンルとして括るような種類ではないんですよね。

わたしは「ボカロを聴きたい」という思いを、「あの楽器の音を聴きたい」という思いで求めています。

例えばピアノが聴きたい、たとえばギターが聴きたい。
ジャンルの差異はあれど、その楽器の音を聴くと満足する欲求がありますよね。
わたしにとってボカロはそれにあたります。

わたしにとってボカロは、ジャンルというより曲をつまびく楽器なのです。


感情が籠もっていないから聴きやすい

わたしがボカロを聴きたくなるもう一つの理由に、
肉声よりも感情が籠もっていないという点があります。

といえどこれだけでは誤解されてしまうので……。

ボカロはそれを調整した作曲者の心が死ぬほど詰め込まれています。
ギターで音色を作るように、曲に合わせて声を変えるように、
作曲者はほんの1ピクセルのメモリを操作してボカロの声を仕上げます。

ただしそれを歌っているのは、あくまでも機械。
どんな疾走感のある曲もまるで速弾きした弦楽器のように聴こえるし、
どんな切なく悲しい曲もオルゴールのようにとつとつと聴こえるのです。

心がしんどいな、という時にボカロを聴くのが特に好きです。
ボカロには「心に訴えかけない」という天性の素質があると思います。

人が歌うと、どうしてもそこには感情が匂います。
語りかけるラブレターや、殴り込んでくるロックが時々きつい時があるのです。

機械が歌う声は、そこに感情がぽっかり抜け落ちています。
まるで聞き手の感情に合わせて勝手に解釈できるゆとりを作ってくれているように。

こちらの心を共鳴させようとしない『声』。
それを聴くのはわたしにとってとても心地よいことです。




VOCALOIDは最高に『純粋な』歌

VOCALOIDの声は、この世の何よりも純粋な歌だと思っています。
純粋な、というのは、色がついていないという意味。

わたしは時々、誰の何を訴うわけでもない声を
自分の心の隙間に納めたくなるのかもしれません。