シナリオが書き終わらない、三上と申します。

TRPGのシナリオを書く時は基本的にプロットを作るようにしていますが、
それでも実際に書き起こし始めてからプロットになかった情報を足したり
プロットにある情報を削ったりします。

これはTRPGに限らず、様々なストーリーを練る上で、
意識しておいた方が良い点かもしれないなと思うようになりました。




~目次~







プロットは変化するものだと思っておく


三上がプロットを作る理由は、
  • 話の着地点をブレさせないため
  • 話のボリューム感を掴むため
  • 話の情報の取りこぼしを防ぐため
です。

特にTRPGにおいては、
ボリューム感と情報の取りこぼしが結構深刻なことを引き起こすので……。

プロットをタスク処理のように塗りつぶしながら、
シナリオを作っています。
詳細はこちら(クリックで飛びます)

ただしそれでも、実際に書き起こすと
プロットとはまるで話の速度や世界観が変わることがあります。
それがいわゆる、「神は細部に宿る」現象だとも思っています。

たとえば先日公開した「死神に花束を」では、
三上が知る限り世界観や死神の性格を気に入っていただけているようです(ありがたい)。

ですが実際に書き始めるまでは、こんなにフランクな雰囲気になる予定ではなく、
全体的にもっと冷たい感じのストーリーになると思っていました。

実際に舞台を作り、そこにキャラクターという役者を置く。
するとキャラクターがそこで『呼吸』を始める。
キャラクターが取る行動や、思うことが、
少しずつ少しずつ世界の方向を作り上げていく感じでしょうか。

キャラクターの呼吸がプロットにコツコツと影響を与え、
バタフライエフェクトとなってストーリー全体を変質させていく。
三上はこの現象が結構好きです。

そしてその上で話の着地点がぶれないためにも、プロットをつけるようにしています。



こういう時だけはプロット遵守を意識


ただし、プロットを絶対に遵守すべき時もあります。
それが複数人で創作を行うとき

三上は以前友人と合同で1本作品を作らせてもらった事がありますが、
その時にストーリー全体のプロットを作らせてもらいました。

もともと自分と友人の作風をすり合わせたプロットだったとはいえ、
なるべく世界観が散ることのないよう、プロットに沿った書き方を意識していました。
途中途中で頻繁にお互いの文章を見、世界観をすり合わせるのも欠かしませんでした。

誰かと合同で創作を行う時は、
自分の作品のベクトルに慎重になるべき
だと思っています。

自分の作品の方向性が逸れ、力が逃げることで、
作品全体のインパクトが弱まってしまうためです。

その寄り道が面白い付加価値をつけてくれることもありますが……
少なくともそういうのは、気心のしれた友人と複数回目の合作で行うべきだと思います。



プロットに囚われて書き上がらないのでは本末転倒


で……なんでわざわざプロットを作るくせにプロットを軽んじるようなことを言うのかというと。

プロットに囚われて作品が出来上がらないのでは、本末転倒だからです。

作品というのは、誰かの目に触れて初めて価値が生まれます。
途中経過を晒すのもありと言えばありですが、
完結した作品とそうでない作品の間には、埋めがたい差があると三上は思っています。

プロットに囚われすぎて、作品を燻らせていては意味がありません。
多少プロットを踏みつけてでも、とにかく生み出し、誰かの目に晒すこと。
それが次なる作品に繋がる一歩になるのだと三上は思います。