こんな記事を書いていることもあって、いちいちの名付けには結構気を遣う方である。
 そんな中で名前を変えた。

 新しい名前は『三上』、寝床の名前は『ヲ待堂』。
 旧名は『四ヶ内(しがない)』、過去は『4がない者ですが。』と名乗っていたブログです。

 いろいろ思いを込めた改名なので、自分の気持ちを忘れないよう、少しだけ文字をとってしたためておこうと思う。
 ちなみに文体は模索中なので、なんだこれ、と思いながらもお付き合いいただけましたら幸い。




~目次~







吾輩は『三上』である


 まず三上について。

 変哲のない、捉え所のない、覚えどころの難しい名前である。
 「しがないものですが……」とオヤジギャグを交えながら名乗っていた『四ヶ内(しがない)』の方がよほど覚えやすい(きっと)。

 が、個人的には非常に思い入れが強い。
 また自分を『三上』として認識してくださっている方は多く、割と合理的な名前であったりもする。

 『三上』という名前を使い始めたのは、時は遥か◯◯年前――中学生時代だったりする。何年前であるのかはあえて伏せる。残酷。
 ある程度行き過ぎた厨二病もなりを潜め、難読漢字からシンプルに読める言葉への魅力に目覚めた頃だった。


 何故三上という言葉を選んだのか、は、正直覚えていない。

 ほんの僅かな心当たりといえば……。
 縦横で構成された文字に一目惚れしたこと、
 漢字以外でも表せる文字であったこと、
 無駄のない音の響きが好きだったこと。

 そして声に出せば最後に口角が上がるのが、自分の本名と揃っていていいなと思った。


 ずっと三上と名乗って文章を書いてきた。三上は一番自分の素に近い。
 思っていることを一番話しやすい言葉で吐き出せるのが、三上だったりする。

 ブログを始め、文章で商売を始めようとした時に三上を選ばなかった理由は、果たして三上』がwebで稼ぐという世界に適しているか分からなかったからだ。

 三上は冗長な言い回しを好むし、
 時に肝心な説明を忘れるし、
 朝に水の粒を含んだ蜘蛛の巣に見とれるし、
 音楽を思い起こしては人の話を全く聞いていなかったりする。

 他人からはきっとほとほと不便な『三上』である。
 けれど私が文字を使う時、『三上』は本当によく分かってくれるのだ。

 私の痒いところを書いてくれる名前、それが三上なのである。


 何故今このタイミングで私が『三上』になったのかというと、文章で稼ぐ、という行為への敷居が下がったというのが大きい。
 有り体に言うと、抵抗がなくなった。

 三上でもやっていけるのではないかと思い、webのこちら側の世界でも、三上として生きてみようと思った。
 というわけでお知り合いの皆様、どうぞ今後とも、三上をよろしくお願いいたします。

 ちなみにフルネームは『三上とー』であったりする。
 いつ出せるとも知れないので、念のためここにメモしておく。







「ヲ待堂」の由来は、月


 続いて住処の名付けの話。
 私の文章が住むこの屋根を、今後は『ヲ待堂』と呼ぼうと思う。

 おまちどう、である。
 ちょっと語尾をあげ気味に、元気よく呼んでもらえると嬉しい。私が。

 由来を話し始めると少し長い。
 なんせヲ待堂の由来は、お月さまである。
406fddd42026b1dc4441ff5bdc5d1093_s
 ――何故?

 と、思う心の声、非常によく分かる。めっちゃ分かる。

 最初はもっとシンプルな名前にするつもりだった。
 が、長く使っていくつもりなのだし、もうちょっと凝ってみるかと考えた(あとぐぐったらすでに先達がいたというのが大きい)。

 かつての記事を読んでくださっている方には薄々察しが付いているかも知れないが、三上はダブルミーニングが大好き
 一つの名前に二つの役が宿るなんてロマンである。興奮する。

 というわけで転んでもただで起きるまい、理想的なダブルミーニングを目指してブログ名ドナドナが始まった。

 ……長い戦いだった。いや本当に。

 できるだけ、
  • 単語そのものが一つの意味を持っている
  • 「屋」「店」など店っぽい響きになる
 のが理想だった。


 そして最初にお月さまの別名辞典を巡り、辿り着いたのが「◯待ち月」の群れ。

 居待ち立待ち臥し待ち寝待ち……。昔の人はまぁ豊富な手段で月を待ったものである。
 そこで自分の中に、「待つ」という言葉に、なんとなくお月さまの属性がついた。

 そこから「待つ」という言葉を含んだ常套句を探し、出会ったのが「おまちどう」。
 とっても可愛い。リズミカルだし、ちょうどよく『堂』で終わる。
 読んでもらう人にもきっとフフッとしてもらえる、いい単語に出会えた。ラッキーである。


 で、ちょっといじって『ヲ待堂』にした。

 本当は先頭はひらがなが良かったのだけれど……。
 文章中に” を待堂”と名前を出した時、文の区切りに読者さんが「……?」となってしまいそうで、ちょっと残念だが断念した。
 “を待堂”よりは”ヲ待堂”の方が見やすい気がする。……主観だろうか。

 最初の「お」を「」にしたのはわざとだ。
 「を」という言葉は、前後に誰かがいなければ成り立たない。
 このブログも「を」みたいに、誰かがいることで初めて意味のあるものになればいいと思って変えた。


 また、「待つ」の前に「を」を付けることで、「~を待つ」という感じになる。
 文章というのは読み手がいなければ成り立たない。
 だからいつも読んでくれる、” あなた”を待っている。

 「あなた『を待つ堂』」。
 このブログにあなたが来てくれるのを待っていた。

 こうすることで、タイトルそのものにも、読んでくださる方への感謝の気持ちをちょっとだけ滲ませたつもりだ。



あなたとの出会いをお待ちしていました


 というわけで。
 ヲ待堂は、三上のかけがえのない出会いの場である。

 あなたにお会いしたかった。
 あなたにお目通りできる日を待っていました。

 あなたをお待ちしていました、ヲ待堂の三上です。
 末永くよろしくお願いいたします。











 最後になりますが。
 四ヶ内さん、4がない者ですが。さん。
 今までお疲れ様。
 私の名前でいてくれてありがとう。