私は話が聞けません。


……と、突然言われると、どんな人だって面食らうんじゃないかなと。
場合によっては「あなたの話を聞く意思がありません」と捉えられ、なんと傲慢で無礼な、なんて誤解されてしまうかもしれません。

しかし本人からすれば、マジで「話が聞けない」のです。これが。

目の前にいる相手が話している言葉が、何一つ頭に入ってこない
頭の中は常に別のことを考えている
それは無意識かつ、絶対的に自分では操作できない現象でした。

私は生まれた時から大学受験期まで、ずっとこの症状に悩まされていました。
今でも疲れたりすると、フッとこの症状が襲ってくることもあります。

「ADHDとかの診断を受けてみたら?」などのアドバイスも、ようやく頂けるような環境になりました。
けれどその手のものがあろうと無かろうと、話を聞くのが苦手な人は絶対数いると思うのです。

書いてから長い間寝かせていたこの記事なのですが……。
悩んだ結果、少しでも似たような症状に悩まされている人に届けばいいなと思い、公開することにしました。

特に届いて欲しいのは、「話を聞けない」上に「成績が悪い」人。

もし話が聞けなくて悩んでいる学生がいたら、もしかしたら私の話があなたに合うかもしれない。
良ければ読んで欲しい。

あなたの将来は、進路は、まだ諦めるには早いかもしれない。
そういう思いを込めています。




~目次~







「話が聞けない」って何なのか


先に「話が聞けない」の定義付けをしておきたいと思います。
ここで取り扱う「話が聞けない」とは、「相手が目の前にいて、1対1で会話していたとしても、相手の会話が頭に全く入ってこず、別のことを考えてしまう状態」のことです。

私はこの状態のことを、『校長先生のお話症候群』と呼んでいました。センスェ……。

全校集会やらなんやらで語られる校長先生の話って、基本的に誰も聞いていない(先生ごめんなさい)。
校長先生の話って、耳には入っているけど頭には一切入れていない。
全校集会が終わった後で、「え、校長先生の話なんてあったっけ?」みたいな感覚に陥るのもザラなわけで。

「話が聞けない」人は、その状態が校長先生だけでなく親・家族・友達などあらゆる人に反映されてしまう。
相手が自分たった一人だけと会話していても、頭の中は今目の前を横切っていったチョウチョのことを考えていたり、昨日の夕飯のことや、明日の部活のことを考えていたりする。
で、「分かった?」と言われて初めて、やべぇ聞いてなかったと意識が目の前に帰ってくるのです。

これ、悪気はありません。
本当に。

というか本人だって死ぬほど困っているはずです。

まず授業がまったく耳に、頭に入ってこない
めっちゃ頑張って聞いていたはずなのに、気づいたら他の全員ページが違っていたり。
問題を解くよう指示されても、どこをやっているのか分からない。
授業内容を理解する以前の問題なのだから、もちろん成績だって悪くなる。

私はこれに「文章が読めない」が重なって、学生時代の成績はそれはもう悲惨なものでした。
(今でこそ文章なんぞ書いているけれど、学生だった私は典型的な「文章が読めない」子供だったのです)

「話が聞けない」って、コミュニケーションの問題にとどまらない。
成績とか学力とか自信とか、学生が自己を形成するために必要なものすべてを揺るがすものなのです。



箸にも棒にもかからない自暴自棄の大学受験期


幸か不幸か、私は「話を聞いているように取り繕う」のが我ながら上手でした。
さも話を聞いているかのように振る舞いながら、「これであってるだろうか」と内心では冷や汗流して心臓をバクバク言わせている。
そんな調子で毎日を過ごしていました。

そして悲惨な成績とお粗末な思考と毛埃レベルの自信を抱いた私を待っていたのが、大学受験。
私は成績がやばかったのもあり、大学受験に向けて塾に通い始めました。

もう本当死のうかと思った。
いやマジで死んでやろうかと思った。

学校の授業ですら聞けない・分からないわけであって。

塾の先生が口から出す一字一句がまるで聞こえない
その頃はストレスのせいか「文章が読めない」にも拍車がかかっていました。

私が通っていたのは進学校で、周囲の塾の生徒は、東大やら早稲田やら慶應やらを目指しているような人たちばかり。

その中で私は、中堅私立の模試結果すらE
これは12月の模試結果です。

センター試験を利用するつもりでした。
センター試験なら科目は3科目のみ。それ以上の知識は絶対に身につけられないと確信があったためです。

受験まで1ヶ月を残すところで、私の模試結果は合格圏外をキープしていました。

大した大学でもないのに、志望校を変えろと模試の採点で何度も促され。
自信とか自分の価値とか、もうドロドロのグチャグチャのボロボロで、私は望む職業どころか学びたい大学すら選べないんだと卑屈になって泣きまくりました。


そんな私の転機が、忘れもしない高校3年生の大晦日のこと。



唯一「話が聞けない」を見抜いた塾講師


年の瀬迫る12月末。
ある日、個人塾を経営しているたった一人の塾の先生が、まっすぐ私に放った一言。


お前、俺の話が聞けてないだろう


心臓が止まるかと思った。


高校2年のときに入塾したので、その先生には1年半ほどお世話になっていました。
講師はずっと、何かが変だ、何かが妙だと私に対して引っかかるものがあったとのことで。

「文法も単語も覚えてるのに、何かが変だ。
 ここまで時間をかけているのに成績が上がらないのは妙だ。
 頭の中で何かが繋がってないんじゃないか

そういう違和感をずっと感じていたんだそうで。

そして先生が見抜いたのが、私が生まれた頃から抱えていた「話を聞けない」症状。
これが私の学力に大きなブレーキをかけているんじゃないかと先生はしてくしてくれました。

一見、そんなもの何の繋がりもないのではないか、と。
人の話が聞けないことと、成績が悪いことがどう関係しているのか。
私自身もその因果関係に確信を持てない中、藁にもすがる思いでどうにか話を聞けるようになりたい、と必死になって工夫をこらしました。


そしてある日突然、私の既存の世界はガラッと崩壊しました。
新たに現れたのが、『私にも分かる世界』でした。

人の話が聞こえる。
この文章が読める。

すべて食い違っていた歯車が、コツンと叩かれてピッタリハマり、私という機能がようやく動き始めた。
そんな気分。

目に入るもの、耳に入るものから情報を得ることができているのだと自覚できた時、私は感動のあまり泣きそうになりました。

私の脳が働いている。
本気でそう感じました。


いくつもいくつも案を捻り出す中で、塾の講師が悩みに悩んで私にした最後のアドバイス。

聞いたものを、頭の中で全部映像化してみろ

その言葉を実行した瞬間、ようやく私の脳に電源が入ったのです。
それが、受験の迫る大晦日のことでした。

毎年楽しんでいた紅白を捨てて塾に行った結果、私はようやく自分の思考を手に入れたのです。







「話が聞ける」ようになった途端、偏差値が跳ね上がった


センター試験までは一ヶ月を切っていました。
しかしそれから、嘘みたいに色んな問題が解けるようになりまして。

聞いた言葉を頭の中で全部イメージにする
見えた文章を片っ端から動画で想像する
そうした途端、私が自分のブラックボックスに放り込んでいた今までの知識が動き出し、嘘みたいに色んな情報が結び付けられるようになったのです。

「集中する」って何なのかもようやく理解しました。
今までずっと悩まされていた、頭の中に常にBGMが流れていた状態。それも気づいたら改善されていました。
(嘘みたいな話、脳内BGMがうるさすぎて、音楽を聴きながらでないと勉強ができなかったのです)


そしてセンター試験直前の最後の模試。
帰ってきた結果はA判定。
合格圏内どころか、安全圏。

E判定の次の模試がA判定という一発逆転を何とか決め、私はどうにかこうにか志望する大学にねじ込むことができました。



「話を聞く」が定着するようになったきっかけ


それでも私にとって、「話を聞く」はまだまだ集中を要する高度な技術でした。

正直まだまだ塾に居座っていたかったけれど、入学に伴い上京するのでそうもいかない。

というわけで私は、「話を聞く」技術を定着させるべく、大学に入学してからも自分でちまちまと勉強を続けました。

色々考えて、注目したのが脳科学のジャンルです。
「たぶん私、今まで脳の使い方が分かってなかったんじゃないかな?」
そう目星をつけて自己研鑽していきました。

ちょうど脳科学がブームでもあったので、自分のヒントになりそうな本は一通り読んでみました。
本を読めるって最高に楽しいやんけとハイになっていたのもあります。

そこで出会ったのが、「マインドマップ」というノート法。
そしてそれに纏わる思考法です。

三上が作業しているシーンを見たことがある方は、「あれか?」とピンと来るかも。
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三上が作業のたびに書き散らかしているこれらがマインドマップです。
絵でもなく、図でもなく、文章でもない。

胡散臭い商法のようですが、このノート法に出会えて本当に人生が救われました。
今考えごとができるのも、文章を書けるのも、TRPGができるのも、全部この子のおかげです。



まとめ~話を聞きたいあなたへ~


この世にいる「話が聞けない」人の半数は、聞きたいのに聞こえないという人なんじゃないかなと思っています。

話が聞けないというのは、話が聞ける人が思っている以上に致命的です。

だって外部からの情報が取り入れられない。
人間の成長の前提とされている、情報収集の手段が遮断されているのです。
本人の意図しないところで。

例えば仕事上の社員との業務連絡を思い浮かべてもらって、それが聞こえない・どう頑張っても頭に入らないとしたら。

辛いし、きついし、現実的にやっていけません。


話を聞けずに悩んでいる方へ。

何かあなたの好きな媒体はありませんか?
漫画とか、ゲームとか、動画とか。テレビでももちろんOKです。

三上は動画が好きでした。
学生時代はよく動画サイトを見ていたし、FLASH全盛期にもお世話になりました。

もしあなたの好む媒体があったら、他人との会話を、頭の中でその媒体でイメージ化してみてください。
漫画が好きなら、聞いた話をコマ割りして吹き出しにセリフをいれる。
ゲームが好きなら、ムービーに置き換えたりCPUを使って映像化してみたり。
動画が好きなら、頭の中でとにかく動画化してみたりして。

あなたが好きな媒体は、あなたの脳が受け入れられる情報の形なのです。
その形であれば、もしかしたら今までが嘘みたいに人の言葉を受け入れられるようになるかもしれません。

試してみて損はないし、もしかしたら人生が変わるかもしれない。
少なくとも三上は今こうして望む作業をできています。


人間には必ず何かの適性がある。
あなたはまだ、自分に適した「話の聞き方」に出会えていないだけです。

人が話していることを聞ける人生は楽しい。
会話が成り立つ生活は幸せです。


どうかこの記事があなたの一助になりますように。
諦めようかと思っていたことが一つでも掬われたなら、三上にとってそれ以上の幸せはありません。