『 りこん 』

 声の出なくなったY子さんが、最後に綴った文字がそれだったそうだ。 





 私のおばあさまはそこそこ稀有な体験を重ねている。
 とかねてより思ってはいたが、本日そこに「入水自殺した友人の死体を確認しに行った」が追加されて、さすがに頂いていたチョコアイスの味がぶっとんだ。
 おばあさまの家はダイニングキッチンである。広いとは言えないダイニングの端にそっとキッチンが設けてあり、ダイニングにはいかにも昭和然としたレトロな木造りテーブルが出してある。
 おばあさまはキッチンの小さな蛍光灯の白光を背に、私はそれに向かい合うようにして、のんびりと会話していた。おばあさまが身振りするたびに腕の内側にたくさん皺があるのがよく目についた。
「Y子さんもね、そこに座ってね」
 おばあさまは私を指差す。
「声が出なかったのよ。もう病気でね、頭がイカれていたから」
 おばあさまのその言い方は、決して卑しかったり貶すような雰囲気ではなかった。日焼けを黒いと呼ぶような、お焦げが苦いと言うような、そんな自然な振る舞いの「イカれている」の言葉だった。自然な言葉遣いだったのだろう。
「だから私は文字を書きなさいと言って。そしたらそう書いたの」
 私は想像力を働かせる。今これと同じ椅子に座って(小さい頃私がだめにしたので、この青い椅子は二代目なのだけれど、それはさておいて)、うつむきがちに若い頃のおばあさまを見るY子さん。出された紙はきっとチラシの裏紙だ。鉛筆をとって、文字を書く。三文字。精神病院から逃げ出して見る影もなくやつれたY子さんの文字。
「私はこの歳になってまで、離婚のこと気にしてるのかと思って」
 呆れていたのか、哀れに思ったのか、当時のおばあさまの思いを私が計ることはできない。
 Y子さんは北海道の出身で、海産物の商家の娘で、ちょっとばかり親に恵まれない方だったらしい。
「三つ子の魂百までというでしょう。あれはね、三つまでの育てられ方で、その子の将来とか、寿命が決まると思うのよ」
 私はお母さんにたくさん良くしてもらったから。おばあさまは語る。
「だけどY子さんはそうじゃなかったからね。小さい頃から腕におできとかが多くて、愛されんかったって言うんかね」
 Y子さんはおばあさまの良い話し相手だったらしい。私が思いがけずおばあさまの話を聞くのが上手だという話になって、そこで聞き上手だったY子の話をおばあさまが引っ張り出したのだ。
「Y子さんがうちに遊びに来てね、旦那さんは昼から夜まで子供らを連れて大島に行っていたわけ。それで帰ってきたら私達がまだ喋っているから、『何もたびごと(家事)してないのか!』て旦那さんが驚いてね。私達一日中喋っていたのよ。旦那さんが帰ってきてから私達も慌てて、まーどうしましょうって」
 語るおばあさまは朗らかだった。よく聞き、よく返す。そんなY子さんとのお話が本当に楽しかったのだろう。
 そんなY子さんが精神病院に入った経緯は話には出てこなかった。なんせおばあさまの昔の友人には精神病院に入った人が何人かいて、自殺した人だって少なくないのである。本当に稀有。
 職業柄その頃の時代背景は齧っているので、精神病院と聞くだけで私は少し唸ってしまった。御大九十一歳のおばあさま、その人が若かった当時の精神病院である。患者がろくな扱いを受けるわけがないわけで……。
「Y子さんも精神病院を抜け出してね」
 おばあさまは何度かそのフレーズを繰り返した。
「私のおばあさんに言わせればね、どうしてそんなことするのって思うのよ。でもねY子さんはね、そうじゃなかったの。精神病院から抜け出してね、見る影もなくやつれて。Y子さんのお母さんは壇ノ浦に住んでたから、Y子さんはお母さんに助けてって言いに行ったそうなのね」
 それでもY子さんのお母さんは受け付けなかったんだって。
 壇ノ浦、の一言に、単純な私の脳は簡単な連想をする。あの橋のかかる、狭くも広い海。ダークブルーのたっぷり揺蕩う、大らかで刺々しい波。
「昔はあそこに石段があってね、海岸まで降りられたの」
 お母さんに受け入れてもらえなかったY子さんは、仕方なく、入水したそうだ。二月の冷たい海に一人で。
「不思議なのがね。前田の海岸で自殺して、見つかったのが門司だったんだって。役所の人から話が来て、私はそれY子さんじゃないんかねって驚いて」
 その死体をおばあさまが確認したのだという。なんせお母さんに受け付けられなかった女性だ。
 Y子さんの自殺のあと、石段は撤去されたという。一人の女性の命が地図の情報を変えた、それをおばあさまは真横で見ていた。
 おばあさまはふと自分の父の話をする。
「お父さんはね、自殺だけはしたらいけんってずっといいよった。あの人も最後は老人ホームでね、大変やったけど。自殺だけはせんって何度も。自殺はね、後を引くからって」
 Y子さんが入水したのち、Y子さんの旦那さんも後を追って命を断ったそうだ。
 おばあさまがY子さんと最後に話したのはその半年前。Y子さんが『りこん』としたためたのがその時だ。
「私はね、自分が生きるのが精一杯だったから。その時は旦那さんの所にY子さんを帰したの。今思うと、何もしてあげられなかったってね。救えなかったと思って」
 おばあさまは何度も目を擦っていた。目薬が合わないのかもしれなかった。
 私は想像を巡らせる。二月の海に溶けていった女性、それを追って命を溶かした男性。その女性との会話が確かに楽しかったおばあさま、その女性が座っていた椅子に今座っている私。
「私はそんな、いろんな人と出会ったから。きっとこの歳まで生きているのは、そんな話を誰かにするためなんだろうと思って」
 そしたらあなたが意外と話を聞くじゃない? とおばあさまが言う。
 なら私は、確かにそんな話を聞くためにここに座ったのだろうと。思う。
 脳裏にまだ二月の壇ノ浦が音を立てている。忘れないうちに、こうやってしたためておこうと思う。