「その後何かに一生懸命になるのが極端に怖くなること」

誰も教えてくれなかったけれど、わたしが心の病寸前まで突き落とされてから一番怖くなったことです。 

 



 とは言え、私はうつ病になったことがあるわけではありません。
 「抑うつ症」。
 私が抱えていたものの名前です。

 症状とか、どんなものとかは調べていただけるとさくっと出てきますので、置いておいて。

 私が抑うつ症になったのは大学四年の頃。
 治ったというよりも、環境の変化によって通院できなくなり、フェードアウトしたというあまりよくない形です。
 (フェードアウトといえど、お医者様にはこれが最後ですとご挨拶はしたのですが)


 抑うつ症であった私が、再発しないために一番恐れていた事。
 それは「何かを頑張ること」。「何かに一生懸命になること」です。

 私の心が追い詰められたのは非常に分かりやすい順番でした。
 大学生活で部活にのめり込み、土日は10時間練習会。
 土日練習するために、バイトは他の日や早朝に入れました。

 一番忙しさのピークだったのは、土曜日の朝5時からバイトをし、10時に練習会に向かい、20時に練習会が終了して、そして日曜日も朝5時からバイトをして練習会、というサイクルを繰り返していた頃。

 これ、平気な人は平気なんでしょうけど、凡人でしか無い私には耐えられませんでした。

 2年ほどその生活を送りましたが、4年生になってバイト先から少し離れたアパートに引っ越した時が限界でした。
 バイトどころか部活にも、大学にも行けなくなり、一日15時間以上眠らなければ気がすまないという、完全に社会不適合な生活を送っていました。
 この頃病院にようやく通い始め、薬を飲み始めました。

 私が自分のキャパシティに見合わないレベルまで自分を酷使してしまった理由。
 それは「部活を頑張りたかったから」です。
 私は部活が好きでした。
 人間関係は最高で、認め合い、高め合う人たちがそろっていました。
 心からこうなりたいと思う、憧れる人が何人も居ました。

 だから私は自分のキャパシティや適性も無視して、その人達みたいになりたいと思い、下手を打ってしまったようです。
 私よりよほど上手く生きていた部員も居ました。
 その子たちは「適度に頑張らない部分を持っていた」。

 わたしの本能は、その経験をネガティブな教訓にしてしまったようです。

 今私は、何もかも頑張ることが恐ろしい。
 何かに一生懸命になり、心の底から尽くすことが恐ろしいのです。
 だってまた、あの時の自分に戻ってしまうかもしれないから。
 根拠の無い罪悪感にとらわれ、疑心暗鬼に嵌まり、眠ることでしか自分を逃せなかった自分に戻ってしまうかも知れないから。


 だから私は、頑張れない。
 だから私は集中することが恐ろしい。
 のめり込み、キャパシティを見失い、またあの時のように沼にハマるのが怖いから。 


 きっとだから私は、社会不適合なんだと思います。



 あくまでも私は、です。同じような心の病にきちんと向き合い、解決し、今素晴らしく活躍している友人も知っています。





 それでも私には、きっとそれはもう二度とできません。
 きっと私は、好きなこと以外して息ていけないのです。